日本聖公会東京教区 聖アンデレ主教座聖堂

日本聖公会東京教区 聖アンデレ主教座聖堂のホームページです。

トップ > 読書室 > 聖エカテリニ

聖エカテリニ

聖エカテリニとその生涯

エカテリニは、3世紀末にエジプトのアレクサンドリアで生まれました。ローマ帝国でキリスト教がおおやけに認められるようになったのは313年のことで、それよりも二十年ほど前のことです。エカテリニは、高い水準の教育を受けた大変賢い人で、迫害にもかかわらず、臆することなくキリスト教の信仰を公言していました。

時の皇帝マクセンティウスは、エカテリニのもとに、修辞学をおさめた賢者たちを送り込みました。賢者たちは、エカテリニに論争を挑み、彼女を打ち負かすはずだったのに、逆にことごとく論破され、なんとキリスト教に改宗してしまったのです!彼らは皇帝の逆鱗に触れて、燃え盛る炉に投げ込まれました。

エカテリニは捕らえられ、鞭打ちの刑に処せられました。また、尖った釘を打ち付けた車輪に縛られ、そのまま転がされるという拷問を受けました。ところが、天使が現れて車輪を打ち壊し、エカテリニは生き延びたのです。それを目の当たりにした皇妃は、皇帝に反旗を翻し、キリスト教に改宗してしまいました。そのため皇妃は断頭の刑に処せられ、エカテリニもまた、断頭の刑で殉教しました。

エカテリニの遺体は、天使によってシナイ山の隣の山に運ばれたと伝えられます。そのため、シナイ山の修道院が、エカテリニの名前で呼ばれるようになりました。シナイ山は、帝国の首都コンスタンティノポリスから遠く隔たったところにあったために、首都で聖像破壊運動の嵐が吹き荒れた時にも、多くのイコンが破壊を免れました。それゆえ、シナイ山の聖エカテリニ修道院には、今なお当時のイコンが数多くとどめられています。

イコンの中央にエカテリニが立ち、その周囲に配された12のコマには、エカテリニの生涯を彩るさまざまなできごとが描きこまれています。物語は、左上から始まって、右下で終わっています。たとえば、 鞭打ちの刑(左上から二番目)、 火あぶりの刑(右下から二番目)、 車輪の刑(左下) などが描かれています。ここでは特に、物語の始まりと終わりのエカテリニに注目してみたいと思います。

最初の場面 を見ると、ひざまずき、身を低くしているエカテリニの前に天使が現れ、何かを語りかけています。この時エカテリニは、この先自分の人生にどんな運命が待ち受けているのか、悟ってしまったのかもしれません。しかしエカテリニは、あえてその道を行くことをこころに決めたのだと思います。続くどの場面においても、エカテリニは確固たる姿で立ち、迷ったり恐れたりすることなく、またひるむようすもなく、目の前のできごとと対峙しているからです。

最初の場面は、投獄されたエカテリニのもとに天使が現れた時のことを表している、と長年考えられていました。しかしながら、背景に描かれた建物が、牢獄のようにはとても見えないことから(牢獄を描いた場面は、左の上から三番目にあります)、近年では、家で祈るエカテリニと考えられるようになりました。仮に、最初の場面が牢獄だとすると、物語の進行順とも矛盾します(エカテリニが捕らえられたのは、もっと後のことですから)。

とはいうものの、牢獄に天使が現れたエピソードは、よく知られているので、最初の場面を見た人が、牢獄と誤解してしまったとしても、それほど不自然ではありません。それではなぜ、画家は、見る者が混乱するかもしれないのに、あえて最初のコマに、祈る姿のエカテリニとともに、天使を描いたのでしょうか。

最後の場面 に目を移してみると、エカテリニはここでもひざまずいて、身を低くしています(ここでは、共に断頭される皇妃といっしょです)。つまり、最初と同じ姿勢が、最後の場面でもう一度繰り返されていることがわかります。エカテリニの背後には死刑執行人がいて、勢いよく振り上げられた剣の気配を、エカテリニはその首筋に感じ取っているのではないかと思います。死が間近に迫っています。

その一方、最初の場面と同じ姿勢であるために、身をかがめるエカテリニの目には今(最初の場面と同じように)、天使が見えているのかもしれないと思います(こちらに天使は描かれてはいないのですが)。そして、エカテリニの目の前の天使は、かつてこの地上での道すじをエカテリニに示したように、この先の天への道すじを、死を目前にした彼女に告げているのかもしれません。

救いとは何か。目の前に示された道を、迷うことなく確固たる足どりで、淡々と行くこと。その道は必ずや天へと続く。中央に立つエカテリニは、自らの生を通して、そうわたしたちに語っているのだと思います。

(瀧口 美香)

使用画像:
“Saint Catherine and Scenes from her Life,”, The Sinai Icon Collection, Department of Art & Archaeology, Princeton University, accessed April 6, 2020, http://vrc.princeton.edu/sinai/items/show/6454. Published through the Courtesy of the Michigan-Princeton-Alexandria Expeditions to the Monastery of St. Catherine on Mount Sinai.
▼筆者:瀧口 美香(たきぐち・みか)
ページのトップへ戻る