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ペラゴニティッサの聖母

ペラゴニティッサの聖母

ビザンティン帝国で描かれた聖母子のイコンは、威厳ある神の母の姿を表現するものが主流でした。ところが、帝国の首都から隔たったマケドニア、あるいは辺境のセルビアでは、それとは少し異なる聖母子のイコンが生み出されました。聖母の腕の中で体をのけぞらせる、大げさなしぐさの幼子イエスは、やんちゃ坊主のようにも見えます。

このタイプの聖母子像は、ペラゴニティッサと呼ばれています。マケドニアのペラゴニアという地名にちなんで付けられたものですが、いつどこで、この型の聖母子像が生み出されたのか、本当のところいったい何を意味している図像なのか、いまだに謎のままです。図像は、マケドニアからシリア、アルメニア、そしてロシアへと広がって行きました。

このような表現は、ビザンティン帝国の伝統的な聖母子の図像に、イタリア絵画の影響が入ってきたためであるといわれています。一見すると子どもらしいしぐさで、母の腕の中で手足をばたつかせているように見えますが、広げた両腕は十字架を予兆しているかのようです。むりやり頭を後ろに倒して真上(天上)を見上げるそのまなざしは、ゲッセマネの園で悲しみにもだえ、「この杯をわたしから取り除いてください」と神に向かって祈るイエスの姿を連想させるものかもしれません。

(全体図)

天上の神を見上げながら、同時に地上のわたしたちをも見やるイエスのその目に、わたしたちはいったいどのように映っているのでしょうか。このイコンでは、聖母子の周囲にイエスの生涯を表す十の場面が描かれています。そのため中央のイエスは、幼子でありながらすでに、自らが進みゆくことになるこの先の道をすべて、ぐるりと見渡しているようにも見えます。それと同じように、わたしたちのゆく道をも、イエスは見通しているのかもしれません。

8世紀の教父、ダマスカスのヨアンニスは、聖母を山にたとえ、イエスを「人手によらず切り出され」た石(ダニエル書2:34)にたとえました。イエスの受肉を言い表すのに、山から切り出された石という表現を用いたのです。頭を逆さまにして、今にも聖母の腕から転がり落ちそうなイエスは、山(聖母)から地へと転がり落ちていく石を暗示しているかのようです。その石は、鉄や銅でできた偶像を打ち砕くものであり(ダニエル書2:34)、またシオンに堅く据えられて、礎の石となるものです(イザヤ28:16)。礎の石とは、神の国の土台のことを指しています。

神の国を支える土台の石となるために、そしてそこにあなたたちを迎え入れるために、わたしはこの地上にやってきた。転げ落ちる石のように、聖母の腕をみずから離れんとするイエスは、見る者にそう語っているのかもしれません。

(瀧口 美香)

使用画像:
Helen C. Evans and Metropolitan Museum of Art, eds., Byzantium: Faith and Power (1261-1557) (New York, 2004). Copyright © The Metropolitan Museum of Art
▼筆者:瀧口 美香(たきぐち・みか)
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